2017年9月20日水曜日

冷泉為頼筆 西行法師画賛


羽林家冷泉為頼卿自画自賛 
西行法師図 山里之和歌 
小堀宗慶箱書付

山里に うきよいとはん 友もかな くやしく過ぎし 昔かたらん

新古今和歌集 巻十七 西行法師



「庵を結んで住むこの山里に、同じように憂世を厭う友があってほしい。
悔しくも過ぎて来た在俗の昔を語り合おう。」



江戸初期の公卿、冷泉為頼による西行法師画賛。
為頼は徳川将軍家に厚遇を受けた上冷泉家の家柄であり、父は戦国末期の歌人としても著名な冷泉為満。
自身も小堀遠州の和歌の師として知られ、官位は従三位権中将に至り、寛永4(1627)36才にて没しています。

題とした西行は、末法の世と言われた平安鎌倉の混乱期を生きた隠遁の僧。
諸国を流離う中で隠棲趣味の和歌を完成させた人物です。
為頼は戦乱後の不安定な時代を生き抜く中、どこか我が身を西行に重ねたのかもしれません。
この幅を鑑賞していると、為頼が感じた憂世の儚さや人恋しさが静かに心に染み入り、親しき友人達の顔を思い浮かべずにはいられません。

某旧家所蔵品売立(昭和15723 名古屋美術倶楽部)に掲載。
名古屋美術青年会記念誌によると、当売立は名古屋の呉服商・八木平兵衛氏の匿名売立とのこと。八木家は柳営御物である大名物木津屋肩衝茶入も所蔵した中京を代表する数寄者の一人でした。